"I am not a painter.
I am the painting.
Where the painter has got
lost into the painting,
I don't know."
osho
和尚は光明を得た導師にして神秘家として著名ですが、画家としては、純粋な詩情の画家としてはあまり知られていません。彼の生涯とその存在はアートそのものであり、彼の絵からは光明の香りと美が溢れ出しています。これらの絵画は固有のものであり、神秘的で、意味深く――これまで絵画の世界で知られていたどんなものにも似ていません。

有名なロシアの神秘家ゲオルギー・グルジェフは、芸術を二つの分野に分けました。
「主観芸術」と「客観芸術」です。
和尚はそれについて、次のように語っています。

 
 

 

 

「あらゆる芸術は、客観芸術か主観芸術のいずれかとして説明できる。主観芸術は、至るところに見られるものだ。それはその人のフィーリングから、その人のハートから、その人のマインドから来ている。絵画にも、詩にも、音楽にもある。

だが、客観芸術はあなたのハートの空虚から来る。
あなたはただ笛に、中空の竹になるだけで、あなたを通じて歌うのは宇宙だ。あなたの唯一の手柄は、何も邪魔しなかったということ、宇宙が自分を通じて流れるのをただ許したということだ。あなたが手放し状態になり、宇宙が自分の中を流れるのを許すことによって、客観芸術は創造される。世界に客観芸術はあまり多くない。それは客観芸術を創造しうるためには、人が中空の竹にならなければならないからだ……。ところがあなたはあまりにも固く、あなたのエゴはあまりにも頑固だ。客観芸術が生まれるためには、あなたは非常に謙虚に、ほとんど存在しないに等しくならなければならない。あなたがいないとき、大いなる宇宙の氾濫が来る。その洪水が詩となり、絵画となり、音楽となり、ダンスとなり、彫刻となるのだ。何千という領域が開け、あなたはただそれを許すだけだ。」